◇時をかけるおままごと◇
突然ですが、“おままごと遊び”や“ごっこ遊び”って、なかなかしんどくないですか?(笑)
保育士やベビーシッターとしては、“ちょっとしたコツ”を知っているので、しんどさを感じることはありません。
ただ、しんどいのは、家庭での我が子との“ごっこ遊び”です。
・破綻している設定
・どんどん迷宮入りしていく展開
・終わりの見えない怖さ
・繰り返し言わされる台詞
・視界に入る洗濯物の山…
母は、ついつい現実逃避をして、考え事モード発動!
考えていたのは、こんなことでした。
『20年前の私が、今の私を見たら、どう思うかな…?』
→『20年前と言えば…、毎日同じ時間に同じ場所へ行って、同じような仲間と勉強をしたり、お喋りをしたりして楽しかったな。』
→『20年前の私は、この場所で、このメンバーで暮らしている今の私の姿を想像すること、できないだろうな。』
そして思考は巡り、逆の発想に…。
『20年後の私は、今の私を見て、どう思うかな?』
自分で考えを巡らせておきながら、ハッとしました。
『きっと、“羨ましい”と思う!』
・まだ小さな我が子が目の前に居ること
・膝にのせても違和感がないこと
・少し高い可愛らしい声で喋りかけてくれること
・その視線も声も“母ひとりへ”向けられていること
『このしんどさは、羨ましがられるようなことなのか!』と気付かされました。
気付いたからと言って、しんどさや洗濯物の山が消えるわけではありませんが、少しだけ“今”に意識が寄りました。
20年前を思い起こせるほどに歳を重ねた私は、20年後にも思いを馳せてみることができました。
余談ですが、その日の夜のこと…。
私の入浴中、娘が父に「また今度、グミを買って一緒に食べようか!」と言っている声が聞こえてきました。
私が、リビングで同じことを言われた立場なら、
『え?どのお店に売っていたグミのこと?』
『ママはチョコの方が良いなぁ』
『グミって、歯に悪そうだな…』
『まぁ、またいつかね!』
そんなことを思ったり言ったりしていたでしょう。
ただ、この日は特別。
20年前と現在と20年後を行き来した日だったので、娘の何気ないその言葉が、とても愛おしく耳に残りました。
あ、そうそう。
ごっこ遊びの時間を楽しく乗り切る“ちょっとしたコツ”については、またこんど。