◇喉元過ぎれば熱さを忘れる

 

立秋を過ぎて、心なしか涼しくなってきましたね。

特に朝夕。

日中はまだまだ暑いけれど、ほんの少し、空気が変わったような気がします。

きっと、ある日突然「秋!」になるのではなくて、グラデーションのように、少しずつ涼しくなっていくのでしょう。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんて言いますが、本当にそうだなぁと思います。

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4〜6年前に経験していたはずの、

3時間おきの授乳の辛さとか、

乳腺が張る痛みとか、

トイトレがどうとか、

イヤイヤがなんだとか。

ほとんど忘れてしまっているのです。

もっと言えば、産みの苦しさも。笑

「〇〇に似ている痛み」

「〇〇のような辛さ」

そんなふうに、出産や育児の大変さは、よく何かに例えられます。

特に痛みは経験を共有できないことだから、具体的に伝えるのが難しい。

それも、もちろんあるのでしょう。

でも、もしかしたら。

それだけではなくて、

その痛みや辛さそのものが、時間とともにグラデーションのように薄れていってしまうからなのかもしれません。

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トイトレの頃。

「イヤ!」

「行かない!」

「出ない!」

と言われ続け、

結局、漏れてしまったときの、あのやるせなさ。

……正直、もう思い出せません。

それなのに、

その漏れた状態で滑って転びそうになって、

こちらを見た娘の、なんとも言えない苦笑い。

それは、妙に鮮明に覚えている。

不思議です。

床の掃除に衣類の洗濯…

辛かったはずなのに、

辛さそのものは、いつの間にか消えている。

残っているのは、

そのときの表情だったり、

ふとしたやりとりだったり、

笑ってしまった瞬間だったり。

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そう考えると、今の私の「喉元」は、何なのだろう。

まだ100%自分のタイミングでは行動できないこと?(洗い物や洗濯物でさえも!笑)

寝具の端に追いやられて、狭いところで眠ること?

未だにトイレのドアを開けられて、

「ねぇねぇ」と話しかけられること?

……どれも、今はちょっと困る。笑

でも、きっとこれも、いつか忘れるのでしょう。

だから、痛みや辛さや苦しさは、

都合よく忘れてしまっていい。

その代わりに、

あのときの苦笑いとか、

思わず笑ってしまった瞬間とか、

1日の終わり、子どもの寝息にほっとすることとか。

そんなものだけを、そっと持っていけたらいい。

喉元過ぎれば、熱さを忘れる。

どうせなら、

忘れてしまうものより、

残っていてほしいものを、

少し多めに覚えていたいと思うのです。